香道の歴史

流れ着いた最古の香木

今から1400年ほど前のこと。一本の香木が淡路島に漂着しました。

推古天皇の三年夏四月、沈水(香)淡路島に漂ひ着けり。其大き一囲、島人沈水を知らず、薪に交て竈に焼く、其煙気遠く薫る、則異なりとして献る。(日本書紀)

これが香木についての日本最古の文献で、簡単に訳しますと「香木の価値を知らない島人が拾って、薪と一緒に燃やしたところ大変良い香りがしたので、宮廷に献上した」と書かれています。島人たちの驚きあわてる姿を彷彿とさせるエピソードですね。この沈水というのは、沈香のこと。チンチョウゲ科の木が真菌などの作用によって樹脂状になったといわれています。生の木は水に浮きますが、沈香は樹脂がたっぷりと含まれていて比重が大きいために、多くは水に沈んでしまうことから、名付けられました。

京都、鎌倉の香文化と香道の誕生

仏教の伝来とともに、香は仏教儀式に欠かせない品の一つとして発達しました。
やがて、平安時代になると、お香が仏事から離れて、貴族や宮廷での典雅な文化・習俗とし洗練されていったのです。日常室内に焚いた"空薫き"のほかに、薫物合わせなど、一種の遊びとして、雅やかで華やかな平安貴族の日々を彩ったのでした。

続く鎌倉時代から室町時代は俗に戦国乱世といわれます。荒々しい戦の合間、武将たちは香と茶を大切に嗜まれ、愛好していました。当時も今も、香道に使われる貴重な香木はすべて輸入品ですが、それを「香道」という文化に昇華させたのは日本人ならではの、すばらしい感性といえるでしょう。「香道」が確立したのは室町時代のこと。足利義政が公家の三條西実隆や志野宗信らに命じて一定の作法やルールを集大成し、現在の香道の基礎をつくりました。

江戸時代には庶民も愛好

江戸時代に入り泰平の世が続く中で、香は武士や大名貴族だけでなく、豪農や町人の間にも広まり、西鶴や種彦の小説にも聞香が登場します。この時代に伽羅は極上品の代名詞となり、長崎・出島にオランダ船の入港する折りは、諸国の大名が競って上質の香木を求めたと伝えられています。
こうして香道は一般庶民の教養として、あるいは楽しみとして、日本の精神文化に欠かせない役割を担ってきました。

世界に広がる日本の「香道」

しかし、明治時代を迎えるや、廃仏毀釈や文明開化の波とともに、日本的な香道は極度に衰微した時期もありました。そうした厳しい時代にあっても、香道は心豊かな人々にしっかり守られ受け継がれてきたのです。
そして現在、日本独自の伝統文化「香道」の真価が見直され、国内では若年層の関心が高まり、着物や日本建築との融合など、より幅広い"和の文化"として、暮らしに溶け込んでいます。さらに国際的にも注目を集め、海外において香席イベントが開催されるなど「新たな香道時代」の到来を予感させています。

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